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心臓外科
胸部大動脈
血管のしくみ
1.動脈と静脈の2種類の血管
血管には、動脈と静脈の2種類があります。
心臓から流れ出た血液は、まずは動脈を通って、全身へと流れていきます。体中に栄養や酸素を届けるため、動脈は全身にくまなく張りめぐらされています。
全身へと配られた血液は静脈を通って、心臓へと戻ってきます。つまり、往路が動脈、復路が静脈です。
2.動脈と静脈の違い
2つの血管の間は大きな違いがあります。
動脈の中はとても強い圧力がかかっています。流れは拍動性で、高速です。手首で脈が触れるのは動脈(橈骨動脈)です。
一方の静脈は圧が低く、流れる速度も緩やかです。手の甲などに青く透けて見えている血管は静脈で、触っても拍動を感じることはありません。
動脈にはどれほど強い圧力がかかっているのでしょうか?
人間の収縮期血圧は120mmHgくらいですが、これは水銀の柱を120mm押し上げる圧力という意味です。
実は水銀は水よりもずっと重く、これを水に置き換えると約1600mm。つまり水を1.6メートルも押し上げるほど強い圧力がかかっているのです。
3.大動脈って何?
大動脈とは動脈の本幹、つまり大元になる血管です。心臓を出て胸をぐるっと回り、おなかへと向かいます。胸のなかでは大動脈は、基部、上行、弓部、下行と4つの部分に分けられます。
大動脈は直径が約3cmあり、体の中にある最も太い動脈です。大動脈の中を、心臓の拍動によって加圧された血液が、1分間に約5リットルも流れています。
4.大動脈壁の構造
大動脈の壁には厚みがあり、3つの層に分けることができます。
- 内膜 最も内側の血液と触れる層で、極めて薄い。
血管内皮細胞が一列ならんでいる。肉眼では見えないほど薄い。 - 中膜 真ん中の層で、厚みがある。
弾性繊維が豊富。クッションのよう柔らかく、ゴムのように伸び縮みする。強い力が加わると、裂けることがある。 - 外膜 外側の層で、やや薄い。
結合織が豊富。やや薄いが、破れにくい。
動脈にはどのような役割があるのでしょうか?
血圧には収縮期血圧(約120mmHg)と拡張期血圧 (約80mmHg)があります。収縮期血圧は心臓がぎゅっと収縮した時に発生する血圧ですが、拡張期には心臓は血液を押し出していません。ではなぜ拡張期の血圧は0mmHgにはならずに、80mmHgくらいの圧が残っているのでしょうか?これは動脈壁に弾性繊維が豊富にあり、伸びたり縮んだりするからです。つまり収縮期に押し出された血液が、動脈を膨らませ、膨らんだ動脈が拡張期にゆっくりとしぼむからなのです。ペットボトルロケットで、膨らんだペットボトルが発射するのと同じ原理で、拡張期にも圧が残っていて、血液が流れる仕組みになっているのです。
胸部大動脈瘤
どんな病気?
1.大動脈瘤ってどんな病気?
動脈壁に弱い部分があると、血圧に耐え切れず、壁が膨らんでしまいます。このように病的に拡張した血管を動脈瘤といいます。
動脈瘤ができる原因は、はっきりとわかっていませんが、動脈硬化、炎症、遺伝的などが関与していると考えられます。
2.大動脈瘤ができるとどうなるの?
動脈瘤のように血管が膨らんでも、自覚症状は現れません。
まれに動脈瘤が近くの臓器を圧迫して症状がみられることがあります。この場合には、のどの神経(反回神経)を圧迫して声がかすれたり、食道を圧迫して飲み込みにくくなったりします。
ところが、大きな動脈瘤は血圧に耐えきれず、突然破れてしまうことがあります(動脈瘤破裂)。動脈瘤が破裂すると大出血をおこし、激烈な痛みが生じます。多くの場合、命を落とすことになります。
3.胸部大動脈瘤にはどのような種類がありますか?
形態による分類
部位による分類
大動脈瘤を放置すると、どうなりますか?
1.瘤の大きさと壁へのストレス
血圧が同じであっても、血管の大きさによって、壁に加わるストレスは大きく異なります。つまり血管の太さが大きくなるほど、壁には強いストレス(壁張力)が加わるのです。
① 動脈瘤がすこし大きくなると、
② その分壁へのストレスは、より強くなり、
③ ストレスが増えた分、動脈瘤はさらにいっそう大きくなり、
④ さらにストレスが強くなる、、、
こうした悪循環が生じてしまい、どこかの時点で動脈瘤は破れてしまいます。
2.胸部大動脈瘤の自然経過
大動脈瘤では、ある程度の大きさを超えると、破裂や解離といった重篤な事態を招きやすくなります。
動脈瘤の大きさが6cmまでは、こうした事態はそれほど頻繁ではありません。しかし、大きさが6cmを超えると危険性は急劇に増加し、1年あたり約15%の頻度で致死性事象が発生します。
(ただし、大きさだけでなく、形や患者背景にも大きな影響を受けます。)
どのような治療がありますか?
1.ステントグラフト治療
骨組みのついた人工血管(ステントグラフト)で、動脈瘤を内側から覆います。
- 足の血管からステントグラフトを挿入するので、胸に切開を置く必要はありません。
- 分枝があったり、蛇行や石灰化があるなど、動脈の性状によっては、本治療法は適応できません。
- まれに密閉できず、血流が漏れてしまい、再治療が必要となることがあります。
- 主に高齢者に行われる治療です。
2.外科治療
動脈瘤を切除し、その前後を含めて人工血管で置き換えます。
- 開胸手術です。
- ほとんどの動脈瘤の部位や形状に対応できます。
- 治療効果が長持ちし、若年者にも行われます。
急性大動脈解離
どんな病気?
1.大動脈解離ってなに?
大動脈の内側の層(内膜~中膜)が剥がれることを大動脈解離といいます。外側に残ったはがれた壁はとても薄く、ここに強い血圧が生じるため、破れる可能性があります。また薄い壁から血液成分が漏れでていきます。
2.大動脈解離になるとどうなりますか?
血管壁が剥がれるときにとても強い痛みが生じます。
痛みの性状としては、とにかく強い痛みで、突然発生します。傷む場所は左胸が多いですが、首、肩などの場所であったり、また経過中に傷みの場所が移動したりすることもあります。
大動脈解離を例えると、、、
柔らかいスライスチーズが裂けてしまい、薄いが伸び縮みするラップフィルムが首の皮一枚残る。
急性大動脈解離を放置すると、どうなりますか?
1.おそろしい大動脈解離の合併症
本疾患では、恐ろしい合併症が高率に起こり得ます。
3つの危険な合併症が知られています。
- 1.破裂
解離によって生じた部分の壁は弱く、破れやすい。外膜も破れて、血管の外に血液が流れ出る。出血によりショック状態に陥る。 - 2.心タンポナーデ
心臓を包んでいる袋(心嚢)の中へ、血液成分が染み出して貯留する。溜まった血液は心臓を圧迫し、心臓がポンプとして血液を送りだせなくなる。 - 3.臓器虚血
解離に伴って、分枝血管が閉塞してしまう。その先の臓器への血流が途絶し、臓器は壊死してしまう。脳梗塞、心筋梗塞など。
2.急性大動脈解離の自然経過
急性大動脈瘤の手術治療が確立されていなかった1970年代には、本疾患を患うと、1日以内に4人に1人が亡くなり、2日間で半分、2週間では5人中4人が亡くなったと記録されています。
現在においても、外科治療を受けない場合の治療成績は、当時とほぼ同じと考えられます。
3.解離した場所によって、危険性が違う
急性大動脈解離の中でも特に危険なのは、心臓の近く(上行大動脈)に解離が生じるA型解離です。一方で、上行大動脈に解離の進展がないB型解離は自然経過でもそれほど生命に危険はありません。
どのような治療がありますか?
1.保存的治療 薬物治療+安静
- 薬物治療
降圧薬を用いて、血圧を十分に低下させます。手首の動脈に点滴をとり、すべての脈の血圧をモニターすることもあります。 - 安静療法
発症から数日間はベッド上安静とし、1ヶ月くらいかけてゆっくりとリハビリを進めます。 - 治療の適応
B型解離や、解離腔が閉鎖しているA型解離(早期血栓閉鎖型)では、こうした保存的治療が推奨されます。
2.外科治療 人工血管置換術
解離して弱くなった大動脈を丈夫な人工血管で置き換える手術です。
置換する範囲は、まず心臓をでてすぐの上行大動脈を置き換えます。この部分は破裂や心タンポナーデの原因となる危険な領域だからです。
また、エントリーと呼ばれる内膜の亀裂が別の場所にある場合には、このエントリーも含めてより広い範囲を人工血管で置き換えることがあります。
1年間に日本全国でこの手術を受ける患者さんの数は約5,500人です。(上行置換2,738件 弓部置換2,182件 他351件 2016年度胸部外科学会学術調査)
A型解離では、保存的治療よりも外科治療のほうが、死亡率が軽減されると報告されています。
胸部大動脈手術
手術が始まるまで
手術は全身麻酔で行います。
眠ってから、人工呼吸チューブ、首の点滴(中心静脈ライン)、経食道心エコーの挿入を行います。
1.切開(取り換える場所によって切開が異なります。)
- 基部、上行、弓部置換術・・正中切開
胸の真ん中の皮膚を25cmほど縦に切開し、さらに胸骨というネクタイのような骨を縦に切開する(胸骨正中切開)と、心臓や大動脈が見えるようになります。 - 下行置換・・側方切開
胸の側面を肋骨に沿って、 20~25cmほど切開します。肋骨を一部切離すると、大動脈がみえるようになります。
2.人工心肺装置、低体温手術
人工心肺装置という大きな器械に接続します。手術中は、このポンプを作動させて全身の循環とガス交換を行い、心臓と肺の働きを代行します。
大動脈を取り換えるには、すべての臓器に血液を送り続けることができません。どうしても一時的に循環を止める必要があり、そのため体温を冷やして(25度くらい)手術をします。体温を下げることによって、血流が途絶している間の臓器の保護を行います。(通常の心臓手術とは異なる)
3.人工血管置換術
拡張した動脈を人工血管で置換します。
4.閉胸
血管吻合が終わると、人工心肺装置を止めて差し込んだ管を抜きます。止血を確認した後、大動脈の周囲にドレーンを留置し、ワイヤーなど用いて、胸を閉じます。